論文紹介

論文要約

    S. Yoshimoto, S. Ishii, A. Kawashiri, T. Matsushita, D. Linke, S. Göttig, VAJ. Kempf, M. Takai and K. Hori
    Adhesion preference of the sticky bacterium Acinetobacter sp. Tol 5
    Front. Bioeng. Biotechnol. 12, 1342418 (2024).

    • 堀研究室で発見されたアシネトバクター属細菌Tol 5は、三量体型オートトランスポーターアドヘシン(TAA)タンパク質の一種であるAtaAを介して疎水性プラスチックから親水性のガラス、さらには金属まで、さまざまな材料表面に対して高い接着性を示します。本論文では、Tol 5および他のTAAを有する細菌が、細胞や生体分子が付着しにくいとされる表面に対しどの様な接着挙動を示すかを調べました。Tol 5は、表面自由エネルギーの低いポリテトラフルオロエチレン(テフロン)、親水性のポリマーブラシ、原子レベルでフラットな雲母(マイカ)表面にさえ接着しました。さらに、原子間力顕微鏡(AFM)を用いた1細胞測定により、このような難付着性表面に対する Tol 5 の強力な細胞接着力が明らかになりました。一方で、Tol 5は2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン (MPC) ポリマーに対してはほとんど接着しないことが明らかになりました。これらの結果は、生物化学工学や医学分野において注目されているAtaAを含むTAAを介した細菌接着機構の理解と制御に貢献すると考えられます。なお、本研究は東京大学の高井まどか教授、オスロ大学(ノルウェー)のDirk Linke教授、ゲーテ大学(ドイツ)のStephan Göttig教授、Volkhard A. J. Kempf教授らとの国際共同研究の成果です。

    K. Noba, S. Yoshimoto, Y. Tanaka, T. Yokoyama, T. Matsuura, and K. Hori
    Simple Method for the Creation of a Bacteria-Sized Unilamellar Liposome with Different Proteins Localized to the Respective Sides of the Membrane
    ACS Synth. Biol. 12,1437-1446 (2023).

    • 人工細胞の創出においては、直径10 μm以上の単一の脂質膜からなるリポソームが一般的に用いられてきました。一方で、直径約1 μmである細菌細胞のサイズや膜構造を模倣した人工細胞の作製には技術的な制約がありました。本研究では、リポソーム作製の汎用的な手法である界面通過法とエクストルーダー法を組み合わせることで、脂質二重層の内外で異なるタンパク質を局在させた非対称リポソームを簡便に作製する手法を開発しました。本研究成果は、人工細菌細胞創出に向けた一歩であるとともに、細菌の膜構造やそこに存在するタンパク質の機能解析に貢献することが期待できます。なお、本研究は東京工業大学の松浦研究室、東北大学の田中研究室との共同研究です。

    S. Yoshimoto, S. Aoki, Y. Ohara, M. Ishikawa, A. Suzuki, D. Linke, A. Lupas, and K. Hori
    Identification of the adhesive domain of AtaA from Acinetobacter sp. Tol 5 and its application in immobilizing Escherichia coli
    Front. Bioeng. Biotechnol. 10, 1095057 (2023).

    • 堀研究室では、独自の材料であるナノファイバータンパク質AtaAを細菌細胞に生やすことで、簡便で強力、しかも可逆的な微生物固定化法を開発してきました。しかし、AtaAは3630アミノ酸残基から構成されるポリペプチド鎖がホモ三量体を形成する巨大なタンパク質であるため、限られた細菌にしか生やすことはできませんでした。本研究では、AtaAの接着部位を特定し、機能を維持したまま775アミノ酸残基まで小型化することに成功しました。これにより、増殖速度や他の酵素活性を低下させることなく小型化AtaAを産業上有用な細菌である大腸菌に生やすことに成功し、固定化微生物反応に供すことができるようになりました。本研究成果は、環境負荷の低いバイオプロセスによるものづくりを加速し、カーボンニュートラルの実現に貢献することが期待されます。なお、本研究はマックスプランク研究所(ドイツ)のAndrei N. Lupas教授、オスロ大学(ノルウェー)のDirk Linke教授との国際共同研究です。

    S. Ishii, S. Yoshimoto and K. Hori
    Single-cell adhesion force mapping of a highly sticky bacterium in liquid
    J. Colloid Interface Sci. 606, 628-634 (2022).

    • 堀研究室で発見されたアシネトバクター属細菌Tol 5はナノファイバータンパク質AtaAを介して様々な材料表面に対し付着するユニークな特性を示します。しかしTol 5は自己凝集性も示すため、表面に付着した菌体数を計測する従来の付着試験法ではTol 5と材料表面の純粋な相互作用を評価することはできませんでした。本研究では、微細な探針で試料表面を走査することでナノメートルサイズの凹凸やピコニュートンレベルの力を計測できる原子間力顕微鏡(AFM)を用いることで、Tol 5と材料表面間に働く付着力を1細胞レベルで液中測定しました。その結果、Tol 5は他の細菌と比べ顕著に強い接着力を示すことが明らかになりました。さらに、Tol 5の付着を低下させることが知られていた低イオン強度環境とカザミノ酸溶液は、それぞれ異なるメカニズムで作用していることが明らかになりました。本研究の成果としてAtaAを介したTol 5の付着に関する理解が深まることで、AtaAを用いた細菌固定化技術のさらなる発展が期待されます。

    M. Ishikawa and K. Hori
    Complete Genome Sequence of the Highly Adhesive Bacterium Acinetobacter sp. Strain Tol 5
    Microbiol. Resour. Announc. 10, e00567-21 (2021).

    • 堀研究室で発見した高付着性細菌アシネトバクター属Tol 5の完全ゲノム配列を決定しました。Tol 5のゲノムには巨大なリピート配列があるため、短いリードしか解析できない次世代シーケンサー(NGS)では完全長のゲノムを決定できていませんでした。本研究では長いリードを解析可能なナノポアシーケンサーMinIONと、ラボトップモデルNGSのiSeq 100を用いることで精度の高い完全長ゲノムを決定することができました。これまでゲノム配列の決定は外部委託解析によって行われることが一般的でしたが、MinIONとiSeq 100を保有する堀研究室では数日中にゲノム決定することができます。決定したゲノム配列により、Tol 5の研究がより一層前進することが期待できます。

    Y.-Y. Chen, Y. Soma, M. Ishikawa, M. Takahashi, Y. Izumi, T. Bamba and K. Hori
    Metabolic alteration of Methylococcus capsulatus str. Bath during a microbial gas-phase reaction
    Biores. Technol. 330, 125002 (2021).

    • 気相微生物反応は堀研究室で開発した革新的なバイオプロセスです。リアクターから液相を取り除くことで、気体分子の拡散速度を向上させ、微生物反応のパフォーマンスを劇的に向上させることができます。このような反応条件において微生物は、従来の微生物反応系(液相のある反応系)とは異なる代謝動態になっていることが予想されます。本研究では、代表的なメタン細菌であるMethylococcus capsulatus (Bath)を用いて気相微生物反応時における代謝動態の変化をメタボローム解析によって明らかにしました。気相反応では液相反応と大きく異なる代謝状態になっており、さらにそれは物質生産に適した代謝状態であることが示唆されました。本研究の成果は気相微生物反応のさらなる効率化や、新たな物質生産のためのヒントをもたらしました。なお、本研究は九州大学の馬場研究室との共同研究です。

    M. Ishikawa, T. Kojima, and K. Hori
    Development of a Biocontained Toluene-Degrading Bacterium for Environmental Protection
    Microbiol. Spectr. 9, e00259-21 (2021).

    • 遺伝子組換え微生物(GEM)は、生態系を乱すリスクがあることから環境中に流出することを厳しく制限されています。そのため、遺伝子改変技術の向上によって便利なGEMがたくさん開発されているにも関わらず、環境浄化にはGEMを利用することができていません。「生物学的封じ込め」とは、GEMを特定の環境でしか生きられないようにして生態系に影響を与えないようにする技術です。私達は、「汚染物質を分解するが、その汚染物質が存在する環境でしか生きられないGEM」を作ることができれば、GEMを環境保全に活用できると考えました(GEMは汚染物質を分解したあとは死滅する)。本研究では、トルエンを分解した後は増殖しないGEMの開発に取り組みました。開発したGEMはトルエンを分解した後の増殖は著しく制限されましたが、完全に抑えることはできませんでした。この原因を探るために、ナノポアシーケンサーMinIONを用いて遺伝子解析を行い、改善点を発見し提案しました。得られた成果は環境保全に向けた生物学的封じ込め技術の開発に重要です。